Eventide History

・始まり
Eventide。1970年当時の基準では変わったこの名前は、新たなビジネスを始めるために必要でした。70年当時に制作していたものは、特に刺激的なものではありませんでした。
当時の「オリジナルプロダクト」はAmpex MM1000マルチトラックレコーダーのためのテープサーチユニットでした。
Eventideはニューヨークの小さなスタジオでスタートしました。共同創設者のスティーヴ・カッツが、同じく共同創設者のリチャード・ファクターに、テープを特定の場所に戻すためのガジェットをリクエストしました。共同創設者であり、スタジオのオーナーだったオーヴィル・グリーンがそのユニットのための資金を提供しました。
そのユニットは瞬く間に広まり、カッツはレコードエンジニアとなりました。彼の熱意はおさまらず、Ampexの代表にユニットを売り込みました。
そして暫くの間、テープサーチユニットのOEM生産を行い、またごくわずかですが、電気通信の研究のための2秒ディレイラインや、化学試薬をナノリットル単位で分配するための静電偏向器を制作していました。
また、この最初の年にはニューヨークで開かれたAudio Engineering Societyミーティングにも参加。その時には何も革新的な製品の発表はできませんでしたが、複数のカスタムを制作することになるという予感を感じていました。
このミーティングから、メリーランドパブリックブロードキャスティングからのオファーを受け、Eventideを代表するInstant Phaserとシングルインプットに独立した2つのチャンネルを持つディレイラインを開発しました。そのディレイは0~200msで、100のシフトレジスタを使用し、高い耐久性を誇っていました。
これがEventideのクラシックモデル、1745 Digital Delay Lineへと発展します。それはすぐにより高耐久でLEDが素敵な1745Aへと進化し、最後に1745Mへとつながります。1745Mは世界初(だと信じている)ランダムアクセスメモリを用いたオーディオプロダクトです。このモジュラープロダクトは、音楽で使うことの出来るレスポンスを備えた最初のピッチチェンジモジュールでした。

・一方地下室では
70年代の初期にエンジニアリングスタッフとして加わったトニー・アグネロは、有名なH910 Harmonizerを開発します。H910はEventideにとって初めて、世界的な人気を獲得した製品でした。数千台を販売し、現在でもその古いユニットが使用され、ユーズドマーケットでも取引されています。この製品が、Eventideの地位を確立しました。間もなくH949モデルがHarmonizerブランドに加わります。これはヴォーカルのダブリングなどに使用できる、ほんの少しのピッチチェンジを可能としていました。 "lupine board"や "deglitch" オプションと合わせ、不自然さのない電子制御のピッチチェンジを実現。これはレコーディングスタジオユースとブロードキャスティングでの技術を組み合わせたものでした。
70年代後半に発売したMonstermatはコマーシャルや音楽を、左右チャンネルではなく、データの和と差をレコーディングすることでエンハンスするという考えに基づいています。
Mono Stereo Matrixユニットがこの動作をおこない、さらにDBXノイズリダクションを追加することもできました。さらにEventide製品初の黄色い大きなDUMPボタンを搭載していました。これはラジオなどで番組を中段することなく、電話発信者による不適切な言葉を削除することができました。
BD955には160の16K RAMチップを搭載していました。EventideはRAMチップが大好きです。

・RAMチップ
Eventideはメモリの事業に手を出したほど、RAMチップが大好きです。それは偶然の産物でした。リバーブのアルゴリズムを研究するため、ヒューレット・パッカードのデスクトップコンピュータを購入しました。そのアルゴリズムはメモリハングリーであり、コンピュータはメモリシャイでした。コンピュータには128KのRAMが搭載され、さらに2つの128Kメモリを増設できるスロットがありました。当時の価格は、128Kのメモリが1つで$3,000-!とても購入できるものではありませんでした。Eventideでは自社の製品で使用しているRAMを用いて必要な2スロット分のメモリチップを制作してしまいました。70年代後半から90年代半ばまで、ヒューレット・パッカード製品と互換性のあるデバイスを制作しました。その後のPC革命にあたり、撤退を決定した時、Eventideではヒューレット・パッカードのコンピュータに特化したHPIBバッファ/マルチプレクサやイーサネットカード、そして増設メモリなどの制作も行っていました。

・話を戻して
Eventideがメモリ事業に参入するきっかけを思い出しましょう。そう、リバーブの研究です。デジタルリバーブは、広大な敷地を使わずに残響を作るための現実的な選択です。Eventideのプロダクトラインは“Time~”や“Pitch~”というモデルが多いですが、オーディオ業界はそれまでリバーブや他のエフェクトに真のデジタルシグナルプロセッシングを充ててきませんでした。“Stereo Room”をはじめとするユニークなDSPアルゴリズムを収録したEventide SP2016は、1980年に発売され、すぐに伝説的な存在となりました。Harmonizerエフェクトのニューバージョンを発売し、さらにメモリ事業への参入などもあり、より大きな場所が必要となりました。そしてEventideはニュージャージー州へと移ります。13年間、大量のジャンクと数えきれないバンでの移動を経て、Eventideはついに快適なスペースを見つけることができました。

・Eventide、空へ
場所が変わり、十分なスペースを確保すると、次は変わった効果が出てきました。Eventideの代表は典型的なニューヨークのアパートに居を構えていました。自転車、そして学生時代に初めての自動車を手に入れてから、気づけば毎日空港を通勤に使う日々となっていました。ガソリンエンジンは人生に欠かせないものですが、飛行機は遠い存在でしょうか?そんなことはありません。そしてパイロットのミステイクを減らすための移動マップの開発を決意します。
3年後、Eventide Argusシリーズは多くの航空機に導入されるようになりました。セスナやパイパーのパイロットは、大型ジェット機以上に優れた状況認識を手にしたのです。Eventideはこの革新的なプロダクトが世界中多くのパイロットを救ったことを誇りに思っています。

・Eventideは忘れない
80年代が終わり、コンピュータの革命が訪れると、数々のデジタライゼーションが勃発しました。事実、ストレージメディアはキロバイトからメガバイト、ギガバイトを超える領域へと、20年間で大きく成長を遂げています。
放送業界ではテープの低いフリーケンシーレスポンスや電話回線の遅さなどの問題を解決すると、別の問題も解決することを経験で知っています。多くの局が日々の放送の“ログ”を保存しています。法的に、アーカイブに、商品としてなどその理由は様々です。それまでのテープによるロギングでは1本で1日が限度でした。積み重なれば多くの場所を必要とします。コンピュータテクノロジーによるデジタルストレージとEventideの革新が、ラジオ局のロギングを変えました。90年代初期には1日に1本のDATを使っていましたが、今は、1ヶ月で1本です。瞬時に検索できる安価なDVD-RAMストレージメディアは言うまでもありません。Eventideのロギングはもともと放送業界での使用を前提としていましたが、証券会社や公共の安全のためなど、長いオーディオを無期限に保存する必要のある数々の分野で活躍することになります。先週のカスタマーサービスへの問い合わせ内容を覚えていますか?その会話はEventideのロギングレコーダーに保存されているかもしれません。

・そして…
ここまで、30年にわたる革新の歴史をまとめてきました。Eventideの機器はレコーディングや放送業界にとどまらず、警察署や世界中の航空機に普及しています。業界をリードするクオリティのエフェクトは世界中のレコーディングで使用され、デジタルヴォイスロギングレコーダーは歴史や文明を詳細にキャプチャします。
これからもEventideは革新的なプロダクトの開発を続けます。